― サードプレイスとしての柔術を持つ理由 ―
現代は、とても便利で、とても速い。
けれどその分、私たちはいつの間にか
「役割の中で生きる時間」ばかりが増えていきました。
仕事の自分。
家庭の自分。
社会的な肩書きとしての自分。
それらは大切です。
でも、それだけでは人は少しずつ摩耗していきます。
そこで必要になるのが、サードプレイスです。
1. 肩書きを脱げる場所があるということ
柔術のマットの上では、
年齢も、職業も、立場も関係ありません。
社長も、会社員も、親も、初心者も、
同じ床に座り、同じ動きを学びます。
そこにあるのは
「何者か」ではなく、
「いま、ここにいる身体」だけ。
肩書きを脱げる時間は、
心を深く呼吸させてくれます。
2. 身体を通して、感情が整っていく
柔術は、考えるスポーツであり、感じる運動です。
力を抜く。
呼吸を通す。
相手を感じる。
自分の緊張に気づく。
それはそのまま、
日常でのストレス対処や
感情のコントロールにつながっていきます。
怒りや焦りを
「抑え込む」のではなく、
「動きの中で流す」。
これは、言葉では学べない力です。
3. 勝ち負けを超えた、健全な自己肯定感
柔術では、負けることが日常です。
でもそれは、否定ではありません。
うまくいかなかった → 気づきがある
できなかった → 次が見える
小さな失敗と小さな成功を繰り返すことで、
自己肯定感は静かに、でも確実に育ちます。
SNSの「いいね」では得られない、
身体感覚としての自信です。
4. 孤独にならない大人でいるために
大人になるほど、
人は「本音でぶつかる場所」を失っていきます。
柔術は、
安全なルールの中で、
全力で人と向き合える数少ない場です。
触れる。
支える。
押される。
受け止める。
それは、
人とつながり直す感覚でもあります。
5. 柔術は、人生の練習場
転ぶこと。
起き上がること。
詰まったら、角度を変えること。
無理な時は、一度受け入れること。
柔術で身につくこれらは、
そのまま人生の振る舞いになります。
だから私たちは言います。
柔術は
「強くなるため」だけのものではない。
現代を、しなやかに、豊かに生き抜くための
サードプレイスなのだと。
仕事でもなく、家庭でもない。
でも確かに「自分に戻れる場所」。
もし今、
少しだけ息が浅くなっているなら、
マットの上に、座りに来てください。
そこから、また日常へ。

